キッドナップ・ツアー親子の絆をみずみずしく描いた
おとなにも響く児童文学の名作

2021.08.05

ある夏の日が連れてくる
予期せぬ新たな芽吹き

「夏休みの第一日目、私はユウカイされた」。衝撃的な一文で、冒頭から読者を惹きつける角田光代著の児童文学小説。1999年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞受賞作。主人公は小学校5年生の女の子ハル、そしてその誘拐犯は2ヶ月前に家から姿を消した父。だらしがなくて、情けなくて、お金もない。そんなろくでもない父と、ちょっとクールな娘とのひと夏のユウカイ旅行を通して、父娘の機微やハルの成長がいきいきと描かれる。海水浴、山の上の宿坊、キャンプに自転車泥棒…。父はハルを人質に、母となにかの取り引きを続けながら様々な場所へ泊まり歩く。謎の取り引きとは?そしてハルは無事に家に戻ることができるのか?今までの日常とはまったく異なる経験に遭遇する思春期を迎えたハルのなかで、崩れていくもの、目覚めはじめるもの。すべてが小学生のハルのひとり語りで進行するストーリーは、繊細な描写と豊かな情景にあふれ、どこまでも澄んで、瑞々しい。親子の絆を軸にしつつ「ひと」と「ひと」の幸せなつながりを示唆されるような奥深い作品。夏のひととき、幼少のころの自分に思いを馳せて読み解いてみては。

INFORMATION

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キッドナップ・ツアー

著:角田 光代
出版:新潮社
価格:506円(税込)

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